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「群馬の森」 陸軍岩鼻火薬製造所跡巡り

ひで郎

ひで郎

緊急事態宣言解除後の初連休

私も出かけて来ました。

今回のおっさんの旅は、 群馬県

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群馬の森であります。

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ここは、群馬県のオアシス。    (画像は群馬県歴史博物館)

群馬県近代美術館、群馬県歴史博物館、サイクリングロード、野外ステージなど県民の憩いの場所が点在する深い緑に囲まれた都市公園。

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それが群馬の森であります。  (画像は群馬県近代美術館)

そして、もう一つの顔が・・・・


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戦時中の遺跡が眠る地


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公園の片隅にある巨大建造物

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大勢のファミリーが遊ぶ側で、完全に時間が止まっておる様です。

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そして、やる気が無い案内看板。 
これは、「射場跡」らしいです。
以前はは、火薬が爆発した時のシャエルターとか言われたりしてました。

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この公園、案内や看板も無くあちこちに、戦時中の残骸が埋もれ残っております。

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山の様に見えますが土塁で、迷路のように点在してます。
(望遠で撮ってます。一応立ち入り禁止。)

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この廃虚群も軍事工場の一つ。

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ここで改めて言いますが、ここは県民憩いの公園の中です。

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土塁トンネル

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遺跡も遊具の一つに

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歴史跡が無造作に置いてあるのが、群馬の森

当然、群馬の心霊スポットにも名があげられております。

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そうなんです。ここはダイナマイト発祥の地

陸軍岩鼻火薬製造所跡


県立公園「群馬の森」・日本火薬㈱・独立行政法人 日本原子力研究所一帯が

旧陸軍岩鼻火薬製造所址(群馬県高崎市)の跡地であります。

この公園は、かつてこの地にあったものの多くが解体撤去されてその跡地に整備された。
群馬の森とそれに隣接する「日本原子力研究所開発機構高崎量子・応用研究所」、「日本化薬(株)高崎工場」、これらを含む広大な一帯には陸軍岩鼻火薬製造所。

陸軍岩鼻火薬製造所の歴史

明治15年(1882年)11月~「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」
大正12年(1923年) 4月~「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」
昭和15年(1940年) 4月~「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」

昭和20年(1945年)の終戦まで、黒色火薬、軍用火薬、民間用産業火薬、ダイナマイトといった火薬類を生産、保管、供給を行なっている。

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この膨大な森林と周辺が全て、旧陸軍岩鼻火薬製造所

公園の一画には、「ダイナマイト発祥の地」の碑がある。
ダイナマイトの碑、その他、史料から。
明治13年に建設が始まって15年に竣工、黒色火薬の製造を開始した。施設は増設、製造技術も革新されていく。
ダイナマイト。史料によっては「明治38年岩鼻火薬製造所で珪藻土ダイナマイト製造開始。
旅順攻略は、外国製ダイナマイトであったが、ここのダイナマイトが使われた可能性もあり。
火薬製造所は岩鼻の他にも、東京板橋、目黒にも存在したが、日本国内でダイナマイトを初めて生産したのがここ岩鼻なので、ダイナマイト発祥の地、日本で初めての国産爆薬製造発祥地、となっている。

「岩鼻火薬製造所」は終戦とともに解体される。
終戦前に米軍のB29によって偵察写真が撮られ、空襲標的にもなったが爆撃が実行されなかった。
敗戦時の敷居面積は1072500㎡だから東京ドームの23倍で、就労していた従業員は3956人

跡地は、隣接する日本原子力研究所開発機構高崎量子・応用研究所や日本化薬(株)高崎工場に払下げ先げられた。
売れ残った部分が、群馬の森へ

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この古めかしい壁や

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門は(監視カメラ付き)

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日本化薬、(現在は薬の生産がメインだが火薬も製造)

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こちらの立派な門は、日本原子力研究所開発機構高崎量子・応用研究所

何やら物騒でありますが、技術の最先端

どちらかと言えば、群馬の森にある

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JAERI (日本原子力研究所)
今は亡き、日本原子力研究所の看板が印象的。 まるで陸軍岩鼻火薬製造所と同じ運命に思えてしまう。

今回は、「群馬の森」 陸軍岩鼻火薬製造所跡巡りでありました。

歴史跡を追い求めた訳でありますが、何も説明もなく佇むその姿は、怪しくも悲しくもありました。

では、この辺で終わりにします。

またね (^^)/~~~


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Comments 4

There are no comments yet.
いぬふりゃ☆

こんばんは。

打ち捨てられた(?)軍事施設…適度な古めかしさと寂れ具合が何だかぐっと胸に来ますね。
こういうものが公園施設の中にあるのもある種の驚きですが、
公園自体がどこかの山中にでもあるのかと思ったら意外にも街中にあるんですね。
前住んでいた奈良には「屯鶴峯」という場所があって軍の施設跡もあるのですが何しろ僕から見ると雰囲気が重い所で…
其処に比べれば群馬の森はかなり健全で明るい場所の様に感じます。
というか「翔んで埼玉」でみたグンマ―のイメーヂがまだ頭に残っていて偏見が抜けきらなくて(汗)
そして埼玉の人々はアメ横で必ずメロン食べてるんだと今でも思ってる僕が居ます(笑)


たも
へぇー

ひで郎さん こんばんは。

解除後の休みはどうでしょうか。
それなりの撮影?をされたようで、へぇーっこんなところにも旧軍の施設跡が有るんですね、解体するわけでもなく、
ほおっておいて朽ちるままに土にかえっていく。
整備して観光資源にする意味もないと思っているのでしょう。
ウチらみたいな軍オタはこう言う所を見たいんですがね。WW
結構いろんな所に遺構が残っているんですがその気にならないと見つけられないという。・・・・・(^_^;)
後、結構意外な会社が防衛関係の仕事してたりしますね。
旧海軍の火薬関係は何処だろ・・・・・日露戦争で使われた下瀬火薬とか。このご時世だからすぐに調べろよ。WW

ひで郎
ひで郎

●いぬふりゃ☆さん
こんばんは!
今回は戦争遺跡シリーズでありました。
公園に何のためらいもなく放置されてる建造物、それも何の説明もない。
貴重な歴史を勿体ない。御かげで雰囲気はかなり良いですけどね。
地元にこんな所があるなんて・・1週間前まで知らなかったwww
群馬では、この公園は人気スポット。学校の遠足などに利用されてます。
で、隣の日本原子力研究所や日本化薬には更に戦争遺跡がそのまま残っているらしい。(今回は撮影で来ませんでしたけど)
広すぎで、目的の場所が何処かわからなく散々迷いました^^;
グンマ―の人は・・・・
埼玉の私は、アメ横でメロンは食べなかったけど・・横浜中華街ではココナッツミルクを買って飲まなければダメだと教わりましたw
・・今だに守ってますw

ひで郎
ひで郎

●たもさん
こんばんは!
どうでしたか戦争遺跡、最初の射場跡・・かなりデカイです。
どちらかと言えば、シェルターだと思うんだけど^^;
ここ結構いろんな物が平然と転がってます。軍オタならばお勧めです。
本当は、1週間前に知ったんですけどねw
防衛関係では、うちの会社もF-2の部品に関係してました。ラインが止まってから教えて貰う・・チクシヨー;;
機密事項が関係してるせいか・・本当の事は後からが多いです。
日露戦争で使われた下瀬火薬・・・ググると東京・滝野川にある下瀬火薬製造所らしいです。元の東京外国語大のキャンパス。
泣く子も黙る下瀬火薬を出して来るとは、たもさん知識あり過ぎww